『喧嘩・前編』


「黙ってろよっ!!集中できねぇんだよっ」

いきなり怒鳴られて、ハクは言葉を失う。

「スランプで上手く歌えねぇんだよっ!!今、俺にまとわりつくなっ」

アカイトが苛立たしげに言い、持っていた楽譜を破り捨てる。

「くそっ!!なんで、上手くできねぇんだよ」

バンッと床を叩くとドタドタと部屋を出て行く。
残されたハクは無残な姿になった楽譜と共に呆然としていた。

***

「‥うざい」

先ほどから部屋の隅でめそめそしているハクにデルが容赦ない一言を浴びせる。

「うぅ‥どうせ、どうせ私はうざいですよぉ‥」

情けない声で言い、ハクが一層落ち込む。
デルはそんな姿にハァッとため息一つ、

「なに?嫌なことあった?」

と尋ねる。
仮にも姉だからたまには相手してやるかと思いつつ。
ハクは泣くだけで何も言わない。
デルは近寄ると彼女の手元を覗き込んだ。
そこにはボロボロな紙。

「なに‥これ?」

見ればどうやら楽譜のようだ。

「ドジで破ったのか?」

姉らしいと思っているとハクが泣きじゃくりながら

「私が‥私が怒らせちゃったから‥」

と呟く。

「ふーん‥誰かと喧嘩か。愚痴ならアカに聞いてもらえよ」

誰かと誰かの間を取り持つのは孤高を好むデルには難しいため、
お手上げだと思いあっさり言った。
途端、一層ハクが泣く。

「な、なんだ‥」

今何か嫌な事でも言ったか?と柄にもなく思っていると

「私‥その、アカイトさんと喧嘩しちゃったんです‥」

とハクが言った。
これにはデルも驚いた。

「あ、アカと?」

あの男が姉と喧嘩するとは思いもしなかったからだ。
なによりも、ハクを優先するあの男が喧嘩なんて。
よっぽど姉が鈍感なことに苛立ったのだろうか?と考えていると

「アカイトさん、今スランプ中なのに‥私遠慮もしないで愚痴ちゃったんです。
ただでさえイライラしているかもしれないのに、‥わたし‥」

とハクが事情を説明する。

「あぁ‥」

そうかとデルは納得する。
そう言われれば、なにやら新しい楽譜と睨みあって
苛立たしげに歩いているアカイトを見た気がする。
そりゃ、アカイトも怒るだろうなぁと思うものの、
なんとなく姉を泣かせられたのは気に食わない。
誰だ‥、ハクは泣かせないとか言ったの。

(嘘ばっかだな、あの馬鹿)

と少し憤る。

(あぁ‥今日は厄日かも。自分の柄じゃないんだ、こんなの)

そんな風に考えていると

「私‥アカイトさんに嫌われちゃったでしょうか?」

とハクが小さな声で尋ねてくる。

「いや‥それはないと思う」

デルははっきり答えてやるが、ハクは暗い。

「なに?ハク姉はアカに嫌われると嫌?」
「え?」

煙草を取り出しながら、デルはこの際だからと尋ねてみる。
ハクは少しだけ戸惑ったが

「アカイトさんはいつも私に優しくて、‥愚痴を聞いてくれる唯一の人だから‥」

と呟く。

「だから、怒られてこんな風にへこんでいるんだろ?
で、アカのことどう想ってんの?」

火をつけながらはっきり聞く。
ハクは少しだけ困ったように

「大切なお友達だと思っています」

と言い

「でも、‥嫌われちゃったらもうお友達じゃないですよね」

と落ち込む。
それにデルはため息をつく。

「あのさ」
「はい?」
「友達でいいなら、アカじゃなくてもいいじゃん」
「え?」
「アカじゃなくても、マスターだってネルだって愚痴聞いてくれるだろ」

その言葉にハクが慌てる。

「た、確かに聞いてくれますけど‥」
「だからさ、ハク姉にとってアカってなに?
ただ愚痴聞いてくれる人?ただ自分に優しい人?
だったら、そこら辺にそんな人一杯いるじゃん」

ここの奴らはお人好しなほど、ハク姉に優しいとデルが言うとハクは一層うろたえる。

「え‥わ、私‥アカイトさんのこと‥。
‥でも、本当に大切なお友達なんです。
ううん‥愚痴聞いてくれるだけの人なんかじゃないです」

ちゃんと言葉にならない言葉を呟いて、おろおろするハクに

(意外にアカもハク姉の深いとこまで占める男になってんだな)

とデルは煙草を吸いながら思う。

「なら、聞き方変えるけど‥アカがいなくなってハク姉はどうなの?」

その質問にハクがデルを見る。
途端、また涙が溢れ出してくる。

「寂しいです‥。アカイトさんが傍にいてくれないと寂しい‥」

涙を零す姉の頭をぽんぽんとデルは軽く叩く。

「だめもとで謝れば?
アカがハク姉が言うよな優しい奴なら、許してくれるだろ」

その言葉にハクがハッと顔を上げ、デルを見た。

「そう‥ですよね。私、泣いていないで謝るべきですよね。い、行ってきます」

散らばっていた楽譜を手にドタバタと出て行くハクにデルは

「俺、思ったよりシスコンかな」

と呟き、煙草を再度銜えた。



*アカイト視点に続きます。
 すみません‥ややこしい形になっていて‥。
 弟出題のお題に似たようなものを見つけて
 「なら、一緒にやっちゃえっ!」と思ったためです。
 アカイトがハクに酷いこと言うなんて、ちょっと思いつかなくてソワソワして書きました。
 そこへなおれ、貴様っ!!って途中アカイトを斬り捨てたくなりました‥(え)
 ハクを泣かせるとは何事だっ!!
   ハクの相談相手は何故かデルにさせたくなります。
 普段クールに振舞って姉なんか‥っていう弟くんが、実はシスコンっていうのは結構好きです。
 私の弟もシスコンだしね(多分私も相当シスコンでブラコンだよ)
 次回はちゃんとできればこれの続き。
 アカイトには思いっきり悩みまくってもらう予定です。


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